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ばんちゃんの読書日記~新書・文庫篇~

読んだ本の感想や勉強になったことをメモするための読書日記です。

国谷さんからのメッセージ 『キャスターという仕事』を読む。

国際情勢 メディア

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録画している動画がハードディスクの容量いっぱいになった。もはや、一刻の猶予も許されない。このままでは、奥さんが観たいと言っていたドラマを録れないではないか。最近多忙を極めている我が夫婦は全くテレビを観ていなかった。週末にまとめて観るはずのドラマ達がテレビ下の小さな箱に、たまりにたまっていたのだった。

 

毎回ドラマを1話観て、取捨選択をするのだ。今クールも話題作が豊富だ。とはいえ、3話くらい話進んでいる。気が気ではない。もういい加減ドラマなんて、とよく言われる。奥さんとの唯一共通の趣味だと言えば同情されるだろうか。ドラマが我々の仲を取り持つ最適なコンテンツなのだ。ドラマをエンタテイメントとしてしか捉えられない人には、我々夫婦にとっての価値など見いだせまい。

 

とにかく方法は2つだ。時間を作って観るか。古いものを削除するか。古いものを残している理由は簡単だ。価値があるからだ。それを削除するのは非常に痛みを伴う。

 

といいながら、録画動画をチェックしてみると懐かしい番組が見つかった。『クローズアップ現代』の最終回だ。

 

 

去年3月まで7時半から週4回放送されていた『クローズアップ現代』。10時半に移動してから観ていない。なぜならキャスターが国谷さんではないからだ。私は国谷キャスターが好きで大学時代から番組を観ていた。

 

あれだけ多様なジャンルをたった一人で、専門家相手に話を進められる人間を彼女以外に知らない。とんでもなく知識が豊富で、英語も流暢。世の中を理解するなら、報道ステーションより、ミヤネ屋より、国谷さんの番組。いつもそう思っていた。

 

そんな彼女が本を出した。彼女がいなくなってから、メディア界は騒がしい。イギリスのEU離脱。トランプ大統領の誕生。メディアの影響力が悪い方に働いているという指摘があるなか、国谷さんがキャスターとは、メディアとはを語っている。

 

ノート1:テレビ報道のあり方

テレビはその映像の力で物事をわかりやすく伝えることができる。しかし、「わかりやすさ」だけを追求すべきではない。難しい問題をわかりやすくすることに意味はない。難しい問題はやはり難しいと感じてもらうことが大事だ。そして視聴者が反復的に思索せざるを得ない状況をつくることもまた必要である。

 

クローズアップ現代では、”結論をすぐに求めるのではなく、出来れば課題の提起、そしてその課題解決へ向けた多角的な思考のプロセス、課題の持つ深さの理解、解決の方向性の検討、といった流れを一緒に追体験して欲しい”と思っていた。(p.15)

 

また、テレビが持つ映像の力、同時性、即時性の力は強力で、視聴者の思考ではなく感情に寄り添う。その「感情の共同体」に同化してしまうと、物事を客観的に、論理的に、多角的に捉えることが難しくなる。

 

ノート2:キャスターとしてのキャリア

国谷さんは帰国子女で英語が堪能だったため、たまたまNHKでの翻訳・通訳の仕事からキャリアをスタートすることになった。夫に連れ添ってNYに行ったとき、NHKの衛星放送でキャスターとしてデビューした。その後、日本の報道番組のメインキャスターとして抜擢されたが日本語の拙さから、苦情を受け半年で降板という挫折を味わった。

 

リベンジのつもりで、リポーターとして世界を飛び回り世界を動かした人々との対話、リアルタイムでの国際報道などを経験した。それによって事象を多面的に捉える訓練を積むことが出来た。(P.45)その後、再び衛生放送のキャスターに付き、『クローズアップ現代』を23年つとめあげた。

 

対話・インタビューで経験を積んだことで、言葉の力で事象を語ることにこだわった。クローズアップ現代は、テーマに聖域を設けず、スタジオをベースに、一人のキャスターが専門家、当事者との対話を通して、視聴者にあらゆるジャンルの問題を伝えることを目的にした。キャリアで培われたスキルを存分に発揮できる番組に巡り会えたのだ。

 

ノート3:キャスターとは

アメリカではキャスターはアンカーと言われる。番組を視聴者に届ける最終ランナーという意味だ。アナウンサーが原稿を正確に読み伝えるのに対して、キャスターは個性、私見などをニュースに持ち込むことができる。

 

キャスターには3つの役割がある。一つは、放送局という送り手と、視聴者という受け手のパイプ役になること。視聴者目線だけでだめで、プロとして知識を持った上で仕事に臨まなければならない。どんな事象を扱うときでも最初に抱いた疑問を忘れないようにすること。重要なポイントがわかればすべてを知る必要はない。

 

二つめは、自分の言葉で語ること。これは決して個人の見解を持つということではない。自分自身が納得したことを語りたいとき、それが自分の言葉になる。言葉使い一つ違うだけでニュアンスが大きく変わる。言葉の恐ろしさを忘れないようにする。 

 

三つめは言葉を探すこと。社会のなかで起きている事象に新しい言葉をつけて定義したり、新しい意味を与えたりすることで、多様化する視聴者に共通認識の場を提供していく。

 

 

国谷さんがなぜあれだけ多様なジャンルに精通しているかがわかった。やっぱり勉強しているのだ。木曜日の放送終了後に、来週分のテーマに関する資料を大量に持ち帰ったと記されている。彼女のような人間をプロと言うのだろう。

 

彼女のキャリアを読んでいくと、意図してキャスターになったというわけではない。英語ができたこと、NYで放送に関わったこと、リポーターとして世界中を飛び回ったこと。その瞬間に一生懸命やったことが最終的にキャスターという仕事につながっていく。スティーブ・ジョブズじゃないが、点と点がつながっていくのだ。しかし、次の点をあらかじめ知ることは出来ない。後になって点をつなげられる。

 

国谷さんの言葉を久しぶりに眺めながら、ニュースのあり方を思った。視聴者も馬鹿じゃいられない。難しいものを簡単に伝えてくれと甘えるのではなく、難しく、答えの出ない問題に慣れなければならない。そして反復的に思索をするのだ。さもないと日本もとんでもない人が首相になって、中国人を入国させないと吠えることになる。

 

こんな大事な番組を危うく消すところだった。ひとまず、ドラマは置いておいて、少し世の中について夫婦で話してみるか。