ばんちゃんの読書日記~新書・文庫篇~

読んだ本の感想や勉強になったことをメモするための読書日記です。

混乱の震源地を理解する 『中東崩壊』を読む。

f:id:feuillant:20161213135350j:plain

友達がエジプトに旅行に行くという。これだけテロや内戦が頻発している地域によく足が向くものだと関心する。私なんか何度もトルコに行こうと思い立っては、二の足を踏んでいる。「いつかは行ってみたいね~」が口癖の私に辟易している奥さんは「事件や事故はどこでも起こりうるよ」と諭してくる。確かにそうだろう。しかし、テロ・内戦・難民…あれだけ悲惨な状況を毎日伝えられれば、確率は高いと感じてもおかしくない。

 

「おまえもトルコに行けば?」との問いに「俺は中東には関わりたくないんでね」と答えると、この友達は「おまえが中東を避けても、中東がおまえに近づいてくるよ」と意味深なことを言う。本書は日経新聞社の中東担当者がまとめたレポートだ。各国の地政学的な位置づけ、政治、経済など細かく、そしてわかりやすくまとめてある。彼の言葉の真意を探りつつ読んでいくことにしよう。

 

ノート1:中東の影響力

 

中東の混乱が世界を危機に陥れている。中東が3つのものを世界に輸出しているからだ。1つは原油。日本は原油の80%を中東に頼っている。中東の情勢次第で世界経済が大きく傾く可能性がある。例えば、アジアへの原油輸送には中国を経由する。中国には世界の工場と言われる世界各国の製造拠点がある。原油が止められれば、世界の製造に支障をきたすだろう。

 

2つめはテロだ。中東はイスラム過激派を生み出す環境が整っている。インターネットの発達や移動の自由によってISのような過激思想がヨーロッパやアメリカに容易に輸送され、醸成され、国内でのテロに繋がっている。もはや、中東に行かなければ安全というものではなくなった。

 

3つめは難民だ。中東での内戦・紛争によって2015年には世界の難民・避難民の数は6530万人と、前年よりも580万人も増えた。受け入れる国にも限度があり、多くの命が救えない状況が続いている。一方で、難民への支援が増えれば、受け入れる国民の負担が増え、国内政治への不満が膨れあがる。ヨーロッパではそれによって移民排斥を支持する極右化の台頭を招いている。

 

ノート2:中東崩壊の原因

中東が世界の不安要素になった理由も3つ挙げられる。1つは、近代化への遅れだ。中東はその産油量の多さから、世界経済に不可欠な存在であった。多くの先進国はこぞって中東での油田開発を進めてきた。天然資源が豊富であるがゆえに、中東各国はオイルマネーだけで国民を食わせていけたのだ。余計な税金も取らなくてよければ、働かなくてもよい。いわゆるレンティ国家だった。それゆえ産油以外の産業を発展させることを怠ってきた。ところがアメリカでシェール革命が起こり、原油の供給量が需要を大きく上回ったことから原油価格が下落した。オイルマネーに頼ったツケがここに来て響いてきた。労働者の技術不足、他産業の育成失敗、血縁関係重視のビジネスが経済改革を困難にしている。それゆえ格差が生まれ、失業率もあがっていった。

 

2つめは民主化の失敗だ。2010年のアラブの春をきっかけに、中東各地で権威主義的な専制政治が次々に崩壊した。しかし、どの国も民主化に頓挫した。理由は、もともと人工的に作られた国境の中に多様な宗派、民族が存在しており、権力争いが勃発してしまったからだ。また、今まで政府の機能を担っていた官僚が追放されたことで、国を運営する術を知らない人達によって運営される危うい状況に陥っている。そうした混乱の中、イラク・シリアを中心に旧イラク政府の高官が中心になってISが誕生した。ISの方が国家的な機能を備えているのは偶然ではない。

 

最後に大国による中東政策だ。特にアメリカのリバランス政策は、中東へのアメリカ軍の関与を弱めたことでISの伸張を許した。シリアに至っては、内戦が始まった時にアメリカが様子見を決め込んだことで帝国復活を狙うロシアの介入を許した。今や中東で最も存在感があるのはロシアだ。イラン、サウジアラビア、トルコなど宗派、民族にかかわらず積極的に接近している。また中国が「一帯一路」政策としてインフラ整備や投資を積極的に行っている。一方で日本は、相変わらずのアメリカ追従、資源目的の外交を理由に、アラブ諸国からの信頼を失い、プレゼンスを発揮できていない。

 

ノート3:3つのシナリオ

本書では中東混乱の今後について3つのシナリオを描いている。1つめは、専制主義的な圧政が今後も続くケース。民主主義を植え付けることで混乱が拡大した。権威主義を振るうトルコ・ロシアが介入を深めれば、強権的支配は支持されるだろう。そうすれば中東の民主化は遅れることになる。

2つめは、各地で政府機能が麻痺して、政治的空白ができる。そしてイスラム過激派が勢いづく。これはどうしても避けなければならない最悪のシナリオだ。

 

3つめは、希望的な観測。第三の道を模索すること。各国の統治体制を改革していくことだ。シリアだけでなく、比較的安定とされてきたサウジアラビアなどでも国民の不満は溜まっている。内戦を伴う民主化運動が起こる前に、これまでの強権的な政治体制を少しずつ変えていく必要がある。

 

 

中東を反面教師とするならば、2つの教訓が得られそうだ。1つは、富める時こそ戦略を新たに、挑戦を続けること。2つめは、急激な政治的変化は混乱しかもたらさないこと。

 

中東の近代化が遅れたのは、オイルマネーに頼り切って別産業へのシフトを怠ったことだ。日本でも製造業が好調の時に、先を見越して別の産業の育成や労働市場の流動化を行わなかった。結果として、他国の安い製品との競争に破れ苦しんだあげく、ぼろぼろになっても、「ものづくり」しかないと、製造業にしがみつくしかなくなってしまう。勝って兜の緒を締めよ。上手くいっている時にこそ、次の手を考えるべきだ。

 

2つめに関してだが、急激な政治変化は良い結果を生まない。フランス革命のような急激な変化は、歴史・文化・慣習の断絶をもたらす。エドマンド・バークの指摘するように、民主化には秩序ある漸進的改革が必要である。現行の制度、慣習を十分に理解して、少しずつ改革するのがよい。「上手くいかないから変えましょう」は誰でもできる。しかし、「なぜそれが機能してきたのか、そしてなぜ機能しなくなったのか」の議論なしに切り捨てるのはよくない。

 

 

feuillant.hatenablog.com

 

 

中東はもはや他人事ではない。友達はそう言いたかったのだろうか。中東でのテロ・内戦は地域を越えて輸出されているのだ。中東情勢は世界経済にも大きな影響を与える。テレビを見て「中東は危ないから行かないでおこう」と考えている私は、想像力が乏しく、恐ろしいほど考えが浅い。