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ばんちゃんの読書日記~新書・文庫篇~

読んだ本の感想や勉強になったことをメモするための読書日記です。

『代議制民主主義』を読む。

政治

いよいよ参議院選挙である。自慢じゃないが私は20歳から選挙には必ず行っている。しかしながら、誰に投票するかを真剣に悩んだことはない。惰性で、おそらく大多数が投票するであろう政治家に一票入れるのである。なぜか。どこかで誰がやっても同じだろうと思っているからだ。だったら自分の票が無駄にならず投票されそうな人を選ぶ。今回もそうだ。すでにマスコミが選挙速報とばかりに「自民党単独過半数の勢い」ともう言っちゃっている。ならば、多勢に無勢で自民党に入れときゃ間違いない。それとも結果がわかっている投票になんて行くだけ損だと、投票をボイコットする人も出てくるだろう。投票率が下がっているのも頷ける。

 

政治不信が叫ばれて久しいが、この政治家に対する不信感はどこから来るのだろう。①お金に対する不信感②能力に対する不信感③結果に対する不信感。とにかくメディアの影響が大きいとは思うが、政治家が声をからして美辞麗句を並べて熱弁を振るっている様を見ると興ざめして、彼らのナルシシズムにうんざりしてしまうのである。我々庶民とかけ離れた金銭感覚。課題に対する網羅的な知識のなさ。そして、選挙公約の未達成。こうした資質を選考条件から排除して、私は強烈なインパクトをもつリーダーや、有名人に無条件で投票してしまうのだ。

 

民主主義の欠陥は、どの国でも見られるらしい。そもそも、政治家の資質の問題なのだろうか。『代議制民主主義』は、民主主義が抱える大きなシステム的な問題を明らかにしてくれる。

 

ノート1:委任と責任の連鎖

・代議制民主主義は、有権者を起点として、政治家、官僚に仕事を委ねる。

有権者は政治家に政策決定を委ねる。政治家は官僚に政策の実行を委ねる。

・委ねた人(有権者・政治家)の期待に応えることで責任を果たす。

・この委任の内容と、責任の取り方こそが代議制民主主義の基礎になる。

・元々、政治家は有権者から選ばれているため、同質ととらえられていたが、現在では政治家と有権者には壁が存在する。だから有権者が望む政策が決められない。

・また政策を決定する政治家と、政策を実行する官僚では、専門的な知識に差があって、官僚が上手く政策決定を変更したり、自らが政策を決めてしまったりするケースが増えている。

 

ノート2:代議制民主主義の必要不可欠な要素

・代議制民主主義には二つの重要な要素がある。

自由主義的要素:”政治に関与しようとするエリート間の競争や相互抑制により、人々の自由を最大限保つことを目的とする。”p.115

・民主主義的要素:”社会を構成する有権者の意思が政策決定に反映されることを重視する。”p.116

・この二つの要素の不整合こそが、代議制民主主義を難しくしている。

 

ノート3:自由主義的要素と民主主義的要素

自由主義的要素

・執政制度:行政

・より専門的に課題を解決する。

・エリートの裁量が大きく、民意に配慮しない。

②民主主義的要素

選挙制度:議会運営

・民意をできるだけ拾えるようにする。

 

ノート4:代議制民主主義のパターン

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ノート5:代議制民主主義の欠陥をどう乗り越えるか

・委任と責任の連鎖を強化する。明確な契約関係を作る。

・必要に応じて、選挙改革・行政改革を行っていく。

(上記のマトリックスを移動させていく。)

 

なぜ、政治家がだらしなく見えるのか。「決められない政治」も「決めるすぎる政治」も悪いのか。なぜ、地方議会の存在意義が薄いのか。普段マスコミで取りざたされる政治不信に対する一つの見解が見て取れる。代議制民主主義自体が民主主義を危うくする要素を含んでいることも間違いない。どの組み合わせも最良のものはなく、その都度組み合わせを変えていくしかない。

 

本来、民主主義が未完の政治制度であれば、こんなことは当たり前と割り切ったらよい気もする。最近は住民投票国民投票で民意を示すケースも増えてきている。「俺たちの事は俺たちで決める」的な熱の入ったスローガンも目につく。美しき民主主義への期待だ。社会が抱えている課題は膨大すぎる。それを国民が全部、網羅してみんなで話し合って決めるなんてできるわけない。半年もの間に50近くの法案が提出されているくらい、メディアに載らない政策もたくさんある。自分たちの利益に関わりそうな問題だけ取り上げて「民主主義なんだから自分らで決めさせろや」と息巻いて、あと自分に関係ない法案はすいませんが「決めてもらっていいですか」はなしだ。

 

民意といったって、別に全ての有権者が「社会全体のために」なんて考えちゃいない。そんな奴は偽善者に決まっている。有権者のエゴ・主張がある中で、それを調整して結果的に全体最適になるような政策に落ち着くのが理想だ。そのために、政治家・官僚っていう職業は、より専門的な知識と、どの主張に対しても中立に見ることができる能力とそれを有権者に納得してもらう説明力が必要だと思う。そう考えると、半分くらいの民主主義がよい。半民主主義だ。自分の望みがかなわなくても、これで社会がもっと良くなるみたいな政策ができたら、「あ~、政治家様々」だ。やっぱり政治家になる人の資質だよ。制度の欠陥を補うだけの資質だよ。