ばんちゃんの読書日記~新書・文庫篇~

読んだ本の感想や勉強になったことをメモするための読書日記です。

新しい大統領の誕生『アメリカ政治の壁』を読む。

f:id:feuillant:20161107232946j:plain

8年前、アメリカ留学中の私はオレゴン州ポートランドでたまたま、オバマ上院議員(当時)の演説を聴いた。民主党予備選挙の真っ最中で、ヒラリー候補と接戦を繰り広げていた。そのときのオバマの勢いは凄まじいものがあり、ポートランド市は大混雑だった。これはチャンスとばかりに、支持者から「Next President of the U.S」というTシャツを買って川沿いの演説会場まで足を運んだ。

 

「ついにアフリカ系出身の大統領が誕生したのか。」本戦まで勝ち抜き、見事にNext President of the U.Sになった時には、毎年代わっていく自分の国の首相が選ばれる時の何倍も興奮したものだ。

 

あれから8年である。あの若々しく自信に満ちあふれた若干47歳のアフリカ系出身の大統領の姿はもうなかった。白髪が増え、しわが増え、一気に老けていった。病気なのではと疑いたくなるような変わり様だ。

 

超大国の政治を仕切るのはどれほど大変なことか。最近では有能な人ほど大統領になりたがらないといわれている。「CHANGE」と崇高な理想を掲げても何も変わらないことを知っているからだ。おそらく、今回の大統領選でも勝者がどちらになろうと、アメリカを、そして世界を変える指導者にはなり得まい。日本メディアも新大統領への期待と不安を報道するなか『アメリカ政治の壁』は冷ややかにアメリカ政治の構造的な問題を指摘している。

 

ノート1:大統領には政策を実現できる権力はない

・アメリカは三権分立が明確に区別されていて、日本の内閣のように行政から法案を出すことができない。それゆえ、大統領は政党に法案を出してもらうように交渉しなければならない。

・合衆国はあくまで州が国である。各国の代表が集まるような議会では政党が同じといえども、各州の利害調整が難しい。

・アメリカ政治の最大の特徴であり最大の壁は、合理的な政策とわかっていても、文化的理念的な壁に跳ね返されることである。

 

ノート2:砂田一郎氏の主張「利益の民主政」と「理念の民主政」

・「利益の民主政」:ある集団の利益、もしくは国益に適った政策を行う政治。

・「理念の民主政」:利益よりも守らねばならない価値観に焦点をあてて行う政治。

アメリカの政治はこの2つのせめぎあいの歴史である。

 

ノート3:「利益の民主政」と「理念の民主政」事例

オバマケア(国民皆保険制度に近いもの)

・利益の民主政:社会保障を整備することで全員が安心して生活ができる。社会が安定することで経済への好循環も生まれる。

・理念の民主政:『国家は必要以上に個人に干渉すべきではない』という伝統に反する。小さな政府論を支持する。

 

TPP自由貿易

・利益の民主政:国の産業と労働者を守ることが第一であるために反対する。

・理念の民主政:自由競争こそが平等であり、社会を幸せにする。それは他国も利益を享受できるというアメリカ資本主義の使命を果たすため賛成する。

 

イラク戦争

・利益の民主政:イラクの崩壊はイランのイスラム革命の拡大を許し、親米イスラエルにとって脅威になるので戦争すべきではない。

・理念の民主政:大量破壊兵器は人道的な立場から放ってはおけない。世界に民主主義の世界を広めていく使命があるので、リスクをとっても戦争すべきだ。

 

・砂田氏は、傾向として共和党=「理念の民主政」、民主党=「利益の民主政」としているが、著者によれば共和党、民主党どちらにも利益重視派、理念重視派がいる。また、課題によって使い分ける議員もいる。

・例えば、民主党カトリック教団体は、オバマケアに関しては低所得者の利益を考えて賛成の立場だが、人工中絶の是非に関しては民主党の支持する中絶の権利を、キリスト教の教義の立場から反対する。

 

ノート3:利益と理念のパラドックスが起こる背景

■州=国家という考え方

・アメリカは広大で州によって人口動態も文化も気候も違う。憲法から法律、税までバラバラである。それを議会で反映させるのは困難である。

・例えば、CO2排出量の削減をめぐっても、民主党内で意見が割れる。環境保護という人道的な立場から、企業の利益を削ってでも実施すべきと党内で意見をまとめようとしても、炭鉱労働者が多い州では州の利益を損なうためその出身議員は反対に回る。

 

■強いキリスト教

・アメリカはヨーロッパに比べても政教分離が弱い。大統領の条件として、人種や女性よりも宗教を気にする。クリスチャンであることが暗黙のルールになっている。

キリスト教徒は、人道的でリベラルな側面を持ち、貧困問題や環境問題などに関心を持つ一方で、厳しい宗教規律があり伝統的な価値観を壊されるのを恐れる保守的な面も持つ。

 

■多様な人種の多様な価値観

人種のるつぼアメリカでは、利害や価値観が一致するわけがない。だから敢えて、決めないというのも政治手法といえる。例えば、毎回議題にでる銃規制、同性婚、人工中絶など国が決めないことで、未解決のままにしておくことが、最大の政治的効果なのだ。

 

ノート4:大統領に期待していること

以上のことから、大統領には政策を作って行う権力はない。むしろ大統領はアメリカ人の代表という文化的な側面の方が強い。その時代のアメリカの象徴としてのリーダーといえる。だからこそ、およそ2年もかけて国民が参加して、候補者を選び、色々な要求を突きつけながら大統領を作っていくのだ。

  

 

リーダーを決めるのに2年かけるのは異常だし、どの国の選挙でもあんなには盛り上がらない。半分はお祭りみたいなものなのだろう。全員が全員、課題の政治的な解決を期待しているわけではないようだ。ただ、あーだこうだと言いながら自分たちが望むアメリカ人像を作っていく過程だとしたら面白い。2年という歳月をかけて、国民からメディアから色んなことを注文され、時には罵倒され、それでも期待に応えようとしながら、アメリカの方向性を見いだし大統領になっていく。

 

少し馬鹿らしく感じる一方で、うらやましさも感じる。日本では、国民がリーダーを作っている気がしない。気がついたら、選挙には党が公認した有名人なんかがでている。欲しくもない商品を並べられて「どれがいいですか」と言われる気分だ。国のリーダーなんか、いつの間にか我々が選んだ議員が、勝手に決めている。

 

しょうがないのだ。建国のプロセスが違いすぎる。お偉いさんたちが全部作ってくれた国と、革命を起こして自由と平等を勝ち取った国の差か。ないものねだりはこれくらいにして、新しい大統領誕生の瞬間を楽しもうではないか。

 

 

feuillant.hatenablog.com

 

 

狂気の時代の空気『海と毒薬』を読む。

三笠宮さまが逝去された。歴史家としての顔と皇軍参謀としての顔、両方を持つ。皇族の中でもリベラルであり、世界大戦での日本軍の風紀に疑問を呈し批判したことで、天皇びいきとされる右派からも猛烈な非難を浴びた人物。実際に中国・南京の軍参謀を務めていたこともあり、戦後も戦争に対して深く後悔していたという。南京大虐殺をめぐっては、虐殺はなかったとする歴史修正主義を「あれは紛れもなく犯罪である」と断罪している。戦争という特異な空気の中で、理性的な判断ができ、かつその他大勢とは異なる意見をハッキリ主張できる。あらためて三笠宮さまの偉大さを感じずにはいられない。

 

私たち庶民にとって社会の空気ほど大事なものはない。みんなと同じでなければいけないという、いわゆる「空気を読む」ではない。私が考えるのは、その時その社会に誰もが確認しあってできたわけではないが、いつの間にかできている価値観みたいなものだ。

 

例えば、「働き方」である。ひと昔前なら、残業は当たり前で、誰も何も言わなかった。しかし今は、「残業」が会社の評価につながるほどシビアに見られる。以前、上司に「今は残業削減が当たり前だから」と言われて、仕事を中断し帰宅したのを覚えている。どうしても残業が必要な時もあるだろう。でも、明日できないのか、別の人にふれないのか、となる。いわゆる「今はそういう時代だから」だ。

 

『海と毒薬』は、大戦中の大学病院で行われたアメリカ人捕虜の生体解剖実験の話である。(実話とは違うようだ)戦争という異様な雰囲気の中で、なぜ病院関係者は明らかな犯罪と知って人体実験を行ったのか。読んでみると、時代が作り出した空気の存在を考えずにはいられなかったのである。

 

ノート:生体解剖を行った人々

勝呂:本編の主人公である研修医。病院内での政治闘争に嫌気をさし、早く田舎で開業したいと思っている。初めて自分が担当した患者は、手術を控えていたが生存率はかなり厳しく、助からないことを知って絶望を感じている。多くの患者が死んでいく病院で、医者という職業に疑問を持ちながら働いているところ、アメリカ人捕虜を生きたまま解剖するという実験に誘われて参加することになる。しかし手術が始まると、生きた人間を解剖することへの罪悪感が芽生え、途中棄権する。

 

戸田:勝呂と同じ研修医である。父親も医者で、エリートとして育った。子どもの頃からどこか冷めていて、どうすれば大人が喜んでくれるかを熟知していた。そうした歪んだ性格は、医者になっても持ち合わせていて、死に対して淡泊な考えをもって患者と接している。今回の生体実験でも率先して参加する。勝呂とは違い、最後まで(捕虜が肺を切除されて死に至るまで)実験を手伝った。戸田はこの実験が、非人道的であり犯罪行為であることを認知しながらも良心の呵責を感じない。そのこと自体を戸田は恐ろしく思うようになる。自分の人間性に深い嫌悪感を覚えていく。

 

上田:元々、大学病院の看護婦だったが、結婚を機に夫の駐在する満州に移って暮らす。しかし子どもの流産、子宮の切除、夫の浮気など不幸が重なり、離婚後にふたたび大学病院に勤め始める。大学教授の奥さん(ドイツ人)が患者に対して人道的で献身的に接するのを見るたびに、彼女を憎むようになる。唯一の抵抗として、奥さんも知らない秘密を教授と共有することだ。奥さんが、教授が秘密裏にアメリカ人捕虜を解剖実験に使っているという事実を知らないことに興奮を覚える。

 

橋本教授:次期部長をめぐる病院内の選挙戦で、苦戦を強いられている。そんな中、自分が執刀した手術で失敗して患者を殺してしまう。手術ミス隠し、術後の様態の異変として取り繕うが、教授の権威は失墜し部長選でも厳しい立場に立たされる。名誉挽回のため軍医関係者と手を組みアメリカ人捕虜の解剖実験に手を染める。

 

読んでいくと、生体解剖に関わった医者・看護婦には心の闇を抱えていたり、政治的な思惑があったりすることがわかる。なるほど、事件が起きれば犯人の過去を掘り起こし、心の闇が事件の引き金になったとワイドショーが語る通りだ。

 

一方で、それぞれ事情が違っても、全員がこの実験が犯罪であることを知っていたのだ。なぜ、社会的にエリートであるはずの医師がこうした犯罪を行ったか。そういう「空気」だったからではなかったか。戦争で街は火の海、毎日多くの死者が出ていた。病院の患者もほとんどが治療の甲斐なく染んでいく時代だった。戸田の口癖「どうせ戦争で死ぬんだから」や「戦争で殺されるのも解剖で殺されるのも変わらない」は、今はそういう時代なんだと言わんばかりの説明だ。

 

結局、人間を導くのは空気な気がする。内面の弱さやもろさがあるとき、時代が後押ししてくれると感じられる。三笠宮さまのように、その空気に危険を感じ、それを周囲に伝えるのは並大抵のことではない。

 

「残業が悪」という空気ではなく、いかに生産性を上げるかという視点で経営判断したい。もしその残業で、良い成果が期待できるならGOサインを出そうではないか。空気の代わりに人を導く。リーダーの仕事とはそういうことかもしれない。

 

海と毒薬 (新潮文庫)
海と毒薬 (新潮文庫)
posted with amazlet at 16.10.31
遠藤 周作
新潮社

過労死なんてゴメンだ『ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか』を読む。

電通社員の自殺によって、改めて日本人の働き方が話題にあがっている。私もかつて大手企業で働いた経験があり、朝から晩までがむしゃらに働いていた身なので他人事とは思えなかった。日本の労働問題といえば、ブラック企業とか過労死という言葉に象徴される「働きすぎ」に集約されるだろう。

 

プライベートを削ってでも組織のために、時間の限り働く。働き過ぎると、組織に迷惑がかかるのでサービス残業をする。上からのプレッシャーと、組織内の空気が、帰ることを許さない。みんなが自分を犠牲にして働いている割に、日本の経済はぱっとしない。日本経済の落ち込みの原因は生産性の低さにあると指摘する専門家も多い。日本では10年以上も平均給与が上がらない状態だそうで、20年前の30代の給与よりも今の30代の給与はずっと低いというデータもあるようだ。真偽のほどはともかく、滅私奉公でも報われないなんて悲しすぎる。

 

悲壮感漂う日本社会とは対照的に、効率的に働いて経済を上手く回している国がある。ドイツだ。最近、EU問題などで国際的なプレゼンスを高め、再び台頭してきたヨーロッパの雄。かつて戦後の復興プロセス、ものづくり大国、勤勉な国民性など奇妙な類似性から比較されてきたドイツに、「働く」という点で大きく水をあけられている。ドイツ在住のジャーナリストからこの国について学ばせてもらうことにしよう。

 

ノート1:ドイツの労働事情

・1年に最低24日の有給休暇を労働者に与えることと法律で定められている。しかも、有休の消化率はほぼ100%である。

・1日8時間の労働が法律で定められていて、企業はこの厳守を徹底している。

・1年間のサバティカル休暇(給与をもらわずに1年休む)の取得率も高い。

・育休制度も充実していて、最大3年間の休暇をもらえる。その間は、企業にかわって政府が労働者に給与の67%を支払う。

 

ノート2:効率の良さ

・1年間に30日以上有給休暇を取りながらも、ヨーロッパNo1、世界4位の経済大国である。

・一人あたりのGDPは43108ドル。(日本36069ドル)

・一人あたりの年間労働時間は1393時間。(日本は1745時間で約44日の差がある。)

・一人あたりが1時間労働で生み出すGDPは61.4ドル。(日本40.9ドル。)

失業率も4%:経済学上は完全雇用状態。

財政赤字0を達成し、国の抱える借金が無い状態。(日本1000兆円を超える。)

 

借金しなくても、働き過ぎなくても経済は成長している。ちなみにアベノミクスによる財政出動と、労働者に働かせまくって経済を成長させようとしている日本とは真逆だ。

 

ノート3:ドイツの働き方がうまくいっている理由

【法律】

法令遵守がしっかりしている。厳しい罰則を課したり、労働監査の抜き打ちが定期的に行われたりしている。(ちなみに、日本では自殺者がでたら労働局が監査に入る。)

・労働者一人一人が企業と雇用契約を結ぶ。(正社員でも契約書が必要である。)

・法令が、経営者に労働者への保護を義務づけている。(労働環境を整備するのも経営者の責務。)

労働組合が強い権力を持ち、監査に介入できる権限を持つ。

 

【ドイツ人の性格】

・規律を重んじるので、法令にはしっかり従う。個人主義が強いため、仲間内の暗黙のルールは存在せず、法律が厳格なルールになる。

・企業よりも個人の生き方を重視する。自分の人生設計がしっかりしていて、プライベートと仕事は区別する。

成果主義を重んじ、やみくもに仕事を行うのではなく、得られる効果・利益を考えて行動する。

・リッチはお金だけではなく、時間の余裕がある人という概念。忙しそうにしている人は評価されない。

 

【国家戦略】

シュレーダー政権のアジェンダで、企業の収益を増やすための施策を長期に計画し実行した。

・インダストリー4.0というIoT戦略を経済戦略に添えた。

労働人口の減少に備えて、海外からの労働者を受け入れる移民政策を行った。

・労働者への失業手当、職業斡旋、職業訓練、アルバイトの最低賃金の設定など、徹底して行った。

 

感想

絶好調のドイツと比較してみると、日本の働き方には構造的な問題があるようだ。

・労働に関しての法律の不徹底。(法治国家なのにこと労働に対しては緩い。)

・経営者のへぼさ。仕組みが作れない。(労働者の力量にたよりすぎる。)

・国家戦略のなさ。(問題が起きたら法律つくりましょう。景気が悪いので、とりあえず消費税上げるのをやめましょう。)

 

サロン経営にあたって、誰がやっても同じクオリティのサービスを提供できるお店づくりを提唱してきた。マニュアルを作り込んで仕組みを作ろうとしたのだ。その方が効率が良い。しかし、スタッフの反応はいまいち。なぜかというと、「誰でもできる」=「自分は要らない」と感じるらしい。有給を使って長期休暇を取らないのは、環境のせいもあるかもしれないが、「自分が必要とされない」と思われるのが怖いだけなのかもしれない。自分がいなくても会社が回ることがわかったら、必要ないよってことだから。だから「自分がやらなきゃ誰もできない感」「自分、過酷な環境でがんばってます感」を出す。

 

会社の一従業員から経営者になり、そういう視点で見るようになった。労働環境の劣悪さは確かに日本社会の構造的な問題ではあるが、やっぱり個人個人の労働に対する姿勢が問われているのだ。私もふくめて、自分の人生戦略を持っていない人が多い。「どういう人生を送りたいか」は「どの企業で働きたいか、年収はいくらがいいか」とは質が違う。「安定した生活を」は答えではない。もっと哲学的な質問だ。それがわかれば、自ずと働き方も変わっていく気がする。目標もなく、働くことで自分を認めてもらいたいというだけの中途半端なナルシシズムが自己破壊を招いている気がする。

 

破滅に向かって 『卍(まんじ)』を読む。

依存を克服するのは難しい。私の場合、ちょっとしたアルコール依存症だったのではないか。無論、医者にかかったことはないのだが。一時期、毎日後輩と飲み歩くことがあった。遅いときには朝方5時くらいまで。最後のほうは意識があまりなく、ベッドに倒れ込み、出勤までの2時間くらい寝て、シャワーを浴びたり、コーヒーを飲んだり、香水をふったりして、抜けたか抜けなかったわからないアルコールの臭いを取り除き、青白い顔で会社に向かった。

 

さすがに身が持たないし、堕落していく意識があって、何度もやめようと思ったのだが、意識下ではまた酒を飲みたいとの欲望が渦巻いていた。そんなとき、言い訳に使ったのが一緒に飲む後輩だ。彼に誘われたら断れない、彼の悩みを聞いてあげることで「自分はいいことをしている」と言い聞かせて、約1年、平日はほぼ毎日、夜中まで飲み続けた。彼が何を考え、私を酒に誘い、へべれけになるまで飲み続けたのか、それはわからない。幸い、彼が異動し、破滅への道を逃れられた。健康診断でも異常は発見されなかった。久々にその後輩から連絡が来たので、依存について考えてしまった。

 

私の場合、環境が変われば自分の意思でやめることができたが、本物の依存症患者はそれもできないくらい、依存の対象物がなくなったら生きていけなくなるそうだ。

 

谷崎潤一郎の『卍』を久しぶりに読んだが、女性同士の恋愛と、一人の女性をめぐる男女の交錯する思惑を依存という角度から読めてしまった。

 

ノート:あらすじ

弁護士・柿内孝太郎を夫に持つ園子は、自身が通う芸術学校で美しい美貌を持つ徳光光子と恋に落ちる。夫婦関係を続けながら、園子は光子と関係を持つようになる。一方、光子も園子との同性関係を持ちながら、綿貫という男とも付き合っていた。

 

その事実がわかったときから、光子をめぐって園子と綿貫は激しく互いに嫉妬し、対立を深めていく。光子は綿貫が性的不能であることから別れようと、園子を利用して「同性愛者」であるフリをしたり、「妊娠で苦しんでいる」と芝居を打ったりして、園子を巻き込んでいく。

 

園子は光子に利用されているだけかもしれないと、疑心暗鬼になりながらも、それを口実に、光子が頼れるのは自分だけという意識をもって、綿貫を駆逐しようとする。綿貫も同様に、光子の画策を恐れながらも、園子を陥れ、光子を自分のものにしようとする。

 

綿貫が仕掛けた罠にはまってしまったとき、園子と光子は二人の関係を守るために”自殺未遂”という芝居を打つ。しかし、一緒に飲んだはずの薬が自分にだけ効いていたこと、そして彼女が昏睡している間、夫である柿内孝太郎と光子が関係を持ったことを、園子は知る。光子への疑念が膨らみながらも、なお光子から離れたくないと思うようになる。

 

孝太郎が光子との関係に入ってきたことにより、綿貫が離脱し、柿内夫婦と光子の三角関係が始まる。しかし、この一部始終が新聞に出回ってしまった。それを受けやむなく3人で自殺を図ろうとする。しかし、園子だけが生き残った。生き残った園子は、光子と夫・孝太郎が自分を欺いて一緒に死んでいったと思い込み、悔しさをもって生きていくことになった。

 

感想 

自分は駄目になる。この人といたら利用されるだけ。それはわかっていながらも、結局それを言い訳に自ら破滅の道に進んでいく。そこまでいくと依存というより、中毒だ。人間とは実に弱い生き物だ。特に、人との関係は相手の心の内を知る術はない。真実はどうであろうと関係ない。思い込んだらそれが真実だ。本当に、光子と孝太郎は画策して園子だけ助かるように仕向けたのか。自殺未遂を演じたとき、本当に光子は園子を殺そうとしたのか。そうだと言えばそうだし。そうでないと言えばそうではない。

 

光子という女の傍若無人ぶりが半端じゃない。特に、柿内夫婦との三角関係になってからはわがままし放題だ。わかっていながらも、気にせずにはいられない、愛さずにはいられない。そんな魅力があるのだろう。弁護士が理性を失うくらいだ。何かにハマることは恐ろしい。

 

後輩から、久しぶりに飲みに行きましょうと誘われた。お酒で酔っ払うと気持ちがいい。でも私は彼に溺れているわけではない。こんな小説みたいになるのはまっぴらだ。思い詰めるほどのことではないが、この小説を読んで後味が悪かった。今回は忙しいと言って断っておこう。

 

卍 (新潮文庫)
卍 (新潮文庫)
posted with amazlet at 16.10.16
谷崎 潤一郎
新潮社

あるフランス人学者の予言『問題は英国ではない、EUなのだ』を読む。

本屋を覗いたらエマニュエル・トッドの本がやたらと目についた。トッドと言えば、大学のゼミでは彼の著書『移民の運命』と『デモクラシー以後』にお世話になった。正直、おバカな大学生活を送っていたので、内容までしっかり覚えていない。ただ、行き過ぎた資本主義に反対して、国家の利益を優先させるべきだという論調だったのはなんとなく記憶に残っている。

 

イギリスがEUから離脱して数ヶ月、書店にはEU危機なる本がズラリと並ぶ中、そうした縁からこの一冊を買うことにした。多くの識者やビジネス関係者は、この脱退はイギリスの失敗と見ているが、トッドの見解は異なる。イギリスの英断を褒め称えている。当事者であるフランス人学者の意見が気になった。

 

ノート1:イギリスのEU離脱が意味すること

イギリスのEU脱退は歴史の必然であり、歓迎すべきことだ。これはグローバリゼーションの終焉の始まりを意味すると予言している。自由主義経済を牽引してきたイギリスは、主権国家への回帰を図ったと見るべきである。グローバル企業・インターネットビジネス・EUなど超国家的な行動によって、イギリス国民がコントロールできない事案が増えすぎた。今回の離脱は、もう一度主権を自分たちの手に取り戻そうという意思表示だ。EUという組織ではなく、イギリスのことはイギリスで決めたい。そういうメッセージだった。

 

ヨーロッパといえば、経済を牽引するドイツが推し進める緊縮財政で、EU各国が疲弊している状況だ。少子高齢化が深刻なドイツは大量の移民が欲しい。失業率の高いEU各国の若者をドイツに呼び込み、また中東からの難民までを呼び込み、安価な労働力としてものづくり大国の威信を保ち、自国の輸出戦略に利用している。こうした状況で、各国の人口や経済力はドイツに吸収される。脱退する頃にはすでに、国家としての体裁はない。

 

ノート2:グローバリゼーションの限界

文化人類学的な視点から見たとき、現在の経済自由主義パラドックスに陥っている。個人主義の発展は、本来、家族や古いコミュニティからの脱却が目的だった。しかし、結局、過激な競争主義・資本主義の結果、個人の最後の頼りは家族しかなくなってしまった。だから、トマ・ピケティ(『21世紀の資本』)が指摘するような、富の尺度=家族の資産になってしまい、貧富の差が広がっていくのだ。経済自由主義国民国家が前提にある。この国民国家の機能が弱まれば弱まるほど、個人は最終的に家族にしか頼るところがなくなるのである。グローバリゼーションではセーフガードとしての国家の役割が大きい。それに、グローバリゼーションの牽引役であったアングロサクソンの国々(イギリスやアメリカ)が気づき始めたと言える。

 

ノート3:EU崩壊の責任

現在の状況(ここでは主にドイツ帝国と化したEUについて)をもたらした元凶は、エリート階級にある。一般市民を見下し、自分たちの判断が正しいという傲慢な態度によって、エリート達は思考停止に陥っている。一般市民のニーズや要求を読み取れない政治家や官僚が、国家(ここでは特にフランス)を悪い方向へ導いている。EUを脱退したイギリスには、市民のニーズを汲み取って改革を図れるエリートがいることが強みであり、脱退後も不安はないだろう。

 

また、政治家や官僚を動かす民衆側にもパワーが欠けている。フランス革命明治維新、悪くはナチスドイツなど、歴史を作ってきたのは各国の中産階級である。現代の中産階級は「1%の超富裕層の存在を許し、低所得者層の生活水準の低下を放置している。(p.104)」こうした状況では、世の中を変えることは難しいだろう。

 

ノート4:これからの世界情勢

人口学、歴史学、人類学の視点から分析した結果、サッチャーレーガン時代から続いた経済自由主義は収束し、国家の役割が再評価される。国家の安定が今後のキーワードになる。安定化する国は、アメリカとロシア。不安定なのはヨーロッパと中国。中東では、スンニ派サウジアラビアとトルコが不安定要因で、安定化するのはシーア派のイランである。日本が今後、どの国との関係を重視するかを考える指標となるだろう。

 

 

感想

グローバル経済、ヨーロッパ情勢などの本はたくさんあるが、トッドの主張は強く印象に残る。特に日本人が書く国際情勢の本は、正直どれも似たり寄ったりなのだ。なぜだろうか。それはきっと、物事を語るときに自分の切り口を持っているからだ。

 

彼は他の著者と違って、経済や政治の問題を歴史人口学・文化人類学から分析できる。しかも観念のようなものではなく、科学的なアプローチで実証していくスタンスだ。学者はこうでなくてはと、思わずうなってしまう。切り口が違うだけで、同じ結論でも頭に入ってくる。受け売りの知識(他の同じような著書やデータを活用する)ではなく、自分の仮説と検証によってもたらされた成果だからだ。

 

自分の主張をはっきりさせるという文化で育ったフランス人だからできる荒技なのか。自分の武器を磨くことは、他の分野でも活きるようだ。何か新しい課題に直面するとき「これは自分の知らない分野だ」と、躊躇してしまう自分がいる。未知の分野を勉強することは大切だが、自分の持ち札をその分野にどう応用できるかのほうがよっぽど大事だと痛感した。フランスの知識人はやはりすごい。

 

 

名探偵の頭脳が欲しい 『シャーロック・ホームズの思考術』を読む。

新しい『相棒』シリーズが始まる。今年で15年目だそうだ。去年から反町隆史が出演している。『ビーチボーイズ』世代の私としては、反町が相棒になったことで俄然、毎週欠かさず見るようになった。今回の役では、歳を重ねた大人カッコイイ感じと、『GTO』の鬼塚を演じていた時のおちゃらけた感じが絶妙で、はまっていると思う。

 

とはいえ、『相棒』の見所は、天才にして変人、和製シャーロック・ホームズの異名を持つ杉下右京だ。抜群の推理力で難事件を次々に解決していくのがドラマの醍醐味だ。私も、毎回犯人を推理するのだが、キャスト、役どころ、登場シーンなど、本筋とは別の角度から推理して勝率は3割だ。少々卑怯な気もするが、当たっていたらドヤ顔で奥さんに「すごいだろ」と自慢してみる。的外れな推理に彼女は閉口して、見終わるやいなや、静かに子どもの眠る部屋へ去って行くのであった。

 

子どもの頃、探偵に憧れていた。どうしたらシャーロック・ホームズみたいになれるのかと。どうやったら、ちょっと話しただけで人の嘘を見破れるのか。いかにして見た目だけで、ワトソン君がアフガニスタンから帰還した軍医だとわかるのか。彼の洞察力や推理力を自分も欲しいと思っていた。格好良さに憧れた子どもの、ある種の願望だと思っていたが、どうやら違うようだ。今でも『相棒』を食い入るように見ている。推理小説も好んで読む。ないものねだりは人の性。頭脳明晰な人間になりたい。格好良いからではない。自分が抱える課題を解決したいからだ。ホームズのように視点を変えられたら。杉下右京のようにその人の性格を見破られたら。

 

私と同じ願望を抱いている人間はいるもので、著者もその一人だろう。ジャーナリストである彼女の著書は、脳科学や心理学の理論・研究をベースに、『シャーロック・ホームズ』でのホームズの推理手法を詳しく分析している。様々なシーンを例に取りながら、ホームズの思考回路を紐解いていく。

 

ノート1:ホームズとワトソンの違い

相棒のワトソンの思考をワトソン・システム。ホームズの思考をホームズ・システムと名付ける。別にワトソン・システムが全く駄目だと言っているわけではない。本来、一般的に備わっている脳の働きの結果であり、落胆は不要だ。

 

【ホームズ・システム】

  1. 注意力があり、意識しながら観察する。
  2. よく考えてから行動や発言をする。
  3. 事実と解釈を区別できる。
  4. 頭の中の知識や体験を整理していて、必要な情報を必要な場面で選択できる。
  5. バイアスがかかることを理解し、意図的にバイアスを取り除いている。
  6. できるだけ中立の視点から物事を見る。
  7. 一つのことのみに集中する。
  8. 論拠を積み重ねて真実にたどり着く。

 

ワトソン・システム】

  1. 漫然と見ているだけ。
  2. 瞬時に答えを出そうとする。
  3. 事実と解釈がごちゃまぜになっている。
  4. 知識や体験が整理されていないので、欲しい情報を選択できない。
  5. 認知バイアスに陥っていて、簡単に結論に飛びつく。
  6. 完全に主観で物事を見ている。
  7. あらゆることに注意を払って、結局何にも注意を払えていない。
  8. ストーリーありきで、それにふさわしい論拠を探す。

 

ノート2:ホームズ・システムを作るには?

【ステップ1】自分を知る:自分の目的・目標を確認し、書き留める。

【ステップ2】観察する:目的をもって注意深く、思慮深く見る。

【ステップ3】想像する:様々な可能性を頭の中でめぐらせ熟考する。

【ステップ4】推理する:観察したものから可能性を出し、もっともありそうなものを選ぶ。

【ステップ5】学習する:このプロセスを繰り返し試す。

 

ワトソン・システムに陥っている人は、日記やライフログを書くと良い。習慣的に同じ行動、思考をしているかがわかる。また、他人からのフィードバックも大切だ。自分の思い込みが間違っていることを、自分で指摘することは不可能だ。だから議論や共有が必要なのだ。

 

なぜ普通の人はワトソン・システムなのか。それは、すべての事を深く考えて行動することが脳や体に悪い影響を及ぼすからだ。考えすぎることは日常生活では不便だ。そして疲れる。だから経験や知識をもとにオートマティックに行動したり、考えたりする脳の働きが発達したのだそうだ。だから、ワトソン・システムが完全になくなることはない。なくなっては困るのだ。

 

ホームズ脳が必要なのは、大きな問題に直面したときだ。ビジネスでも、人間関係でも、問題は尽きることはない。そんな時こそ、思慮深く落ち着いて解決したい。正しい推理のもと、正しい判断を下すには、ホームズ・システムが欠かせない。

 

自己診断したところ、私にはまるっきりホームズ・システムが欠けている。これだけ推理小説を読んでいるにもかかわらず、完全なワトソン型とは自分の学習能力のなさに嫌気がさす。

 

ライフログを作り、習慣的な自分のクセを把握する。

・集中して一つの事に取り組む。

・取り組む前に、目的や目標を紙に書く。

・自分の意見を絶対視しない。他人の意見も聞く。

 

このあたりから始めるのがよかろう。最初から、観察・想像のステップはハードルが高い。

 

著者も言うように、何よりも「意識して考える」ことが大切だ。しかもモチベーションを持って。今シーズンの『相棒』こそは、ドラマの本筋から犯人を当てたいものである。それをモチベーションにして、もう一度、ホームズ・システムに挑戦してみよう。

 

 

相互理解の難しさ『日本と中国』を読む。

また友人が中国人の文句を言っている。なんでも、並んでいたレジに割り込んできたという。しかも、うるさいくらい大声でしゃべっている。「だから中国人は」は彼の口癖だ。中国人の人口は10億人以上。世界の人口が70億人くらいだから、7人に1人は中国人だ。

 

思えば海外旅行に行ったらどの国でもチャイナタウンはある。彼らには地の果てでも生きていける精神力と活力がある、といつも感心する。「否が応でも彼らとは付き合っていくのだよ」と友人を諭したところで、聞く耳なんか持たない。「このままでは中国人に支配される。いっそ日本は島ごと流されて中国から離れて、アメリカ大陸に近づかないかな」などと妄言を吐くのである。

 

日本と中国。世界をみても漢字を使うのはこの2カ国だけ。しかも日本は中国文化の影響を受けてきた。それなのに、お互いに嫌っているのが現状だ。書店に行けば、友人が喜びそうなタイトルの本が並んでいる。一方の中国も、反日運動の過激ぶりは恐怖すら覚える。私は別段、中国人に対して嫌悪感もないし、海外旅行などで現地の人に話しかけられたらチャイニーズと言って、中国人の名を借りているくらいだ。友人の発言から、一番近そうで遠い国、中国について気になった。

 

『日本と中国』は中国人の日本研究者が書いた日本論だ。日本人の書く日中関係の本は何冊か読んだが、中国人からみた日中関係とはどんなものなのか。

 

ノート1:誤解の構造

「同文同種」(同じ文字を使っているから、同じ人種だという考え)のはずの中国と日本がなぜこうも理解し合えないのか。ある思い込みが日本人と中国人の根底にある。日本人は、「中国文明から大きな影響を受けた国として、中国人の文化・伝統をわかっている」つもりだ。中国人は「もともと日本は中国文化に影響を受けてきた国だから、中国の亜流とみてよいだろう」と思っている。こうした思い込みをなくすために、改めて日本人は中国文化を、中国人は日本文化を学ぶ必要がある。

 

ノート2:日本研究者からみた日本人

同じ漢字を使う国民であるにもかかわらず、それで意思疎通は図れない。日本人は中国から輸入した漢字を独自にカスタマイズし、新しい概念や言葉を次々に生み出してきた。


日本人は漢字の他に平仮名、カタカナを使う。しかも文法もまったく異なる。中国語は文法が英語に近い。主語・述語の表現が多様で、自分の立ち位置によって使い分ける繊細さと、主語をなくしたり、述語をぼかしたりする曖昧さも中国語にはない。


日本人には正義と悪の二元論が通じない。悪には悪の理屈もあり、日本人はそこに一定の理解を示す。そうした姿勢は、二元論を中心に物事を考える中国人、西洋人には理解できない。


日本人は主張しない。大事なことほど話さない。「空気を読む」という言葉があるように周囲との摩擦を避ける傾向が強い。阿吽の呼吸は、日本人同士だけが通じる不思議なコミュニケーションである。


日本人は自然と一体であり、西洋や中国のような人間中心の考えからは距離を置く。だからこそ季節や自然美に対する感性が鋭く、「わび・さび」の感覚が生まれる。

 

日本文化が独自の発展を遂げたのには、その地理的な位置も関係している。日本は世界的にみても周縁国家である。洋の東西を問わず、積極的に文化を輸入し吸収してきた。極東の隅っこ位置することで、他国からの干渉にもあわなかったことから独自のペースで文化を創りそれを保ってきたのである。

 

 

親日派の先生だけあって、日本人の性格をとてもポジティブに書いてくれている。こうした洞察は自身の日本での体験を通して養われたのだろう。日本にいればいるほど、中国とはまったく異なる文化に衝撃を受けるそうだ。やはり互いの文化を知るには現地で生活するのが一番良さそうだ。

 

日本に来ている中国人を観察して、「まったく中国人は」と言っている友人も友人だが、共産党主導の中国政府の海洋進出をもって「中国人はヤバい」と言っているのもまた問題だろう。あんまりお互いの事を知りもしないで、あれこれ言っているのは食わず嫌いみたいなものだ。著者も書いているように、嫌いなら嫌いで結構、でも相手を知ることは必要だ。友人にはぜひ北京大学にでも留学してもらいたい。